乳がん治療前の卵子凍結

乳がん治療前の卵子凍結

医師の田口早桐です。

Efficacy and safety of controlled ovarian stimulation using GnRH antagonist protocols for emergency fertility preservation in young women with breast cancer—a prospective nationwide Swedish multicenter study
Human Reproduction 4月号からです。

乳がんの診断を受けてから、乳がん治療の開始までの間に、卵子凍結をする例が増えています。当院でも最近では乳腺外科から紹介を受けることも増えています。

乳がんの治療が卵巣に影響して、排卵がおこらなくなる可能性があります。
若年で乳がんと診断され、治療が奏功することが増えていますので、乳腺外科の医師も、患者さんの治療後の人生の選択肢に対する意識を持つようになってきたことも関係していると思います。

当院で乳がんの方の卵子凍結をする場合のプロトコールとしては、下記になります。

  1. できるだけ短期間に多くの卵子を採卵したいため、基本的には刺激法。
  2. 刺激の際に、エストロゲンの上昇を抑えるためにレトロゾールを併用する。
  3. 期限が迫っている場合は、ランダムスタートにする。
  4. 未熟卵が取れた場合、体外培養によって成熟させて凍結する。

今回紹介する論文は、スウェーデンの論文です。乳がん治療前の卵子凍結に関しての論文で、下記の検討をしています。

  1. レトロゾールの併用は、採卵数、受精卵の凍結数、患者の予後、に関係しているか?
  2. トリガーにGnRHaを用いるのと、HCG注射を用いるのとでは、どちらが効果的か?
  3. ランダムスタートは、通常の月経開始からのスタートに比べてどうか?

結論としては、

  1. レトロゾールを使用したほうが刺激の日数が長くなる傾向はあったものの、採卵数、凍結数、予後、に有意な差はなかった。成熟卵子数はレトロゾール使用でやや低い傾向があった。
  2. トリガーはGnRHa(点鼻スプレー)のほうがやや採卵数、凍結胚数が多いという結果でした。ただし、OHSS傾向にあって発育卵胞数が多いほうがGnRHaをトリガーに選択することが多くなるので、その要因を調整して検討すると、採卵数は差がないという結果になりました。が、凍結胚数は依然としてGnRHaのほうが高いという結果になりました。
  3. ランダムスタートに関しては、採卵数も凍結胚数も、通常の月経開始からのプロトコールと全く変わらないという結果になりました。刺激を開始するのが黄体期の場合、むしろ成熟卵子数が増えた、という結果にもなりました。

感想としては下記の通りです。

1に関して。
使用の一番の目的である予後に対しての影響は、刺激をする期間が短い期間なので、エストロゲンの上昇を抑えることがそれほど大きく作用しない可能性はあります。少なくとも採卵数や凍結胚数を損なうことがない以上、理論的にはとくにエストロゲンレセプター陽性の乳がんに対しては、レトロゾールを使わない理由はないであろうと考えます。 

2に関して。
我々の印象としては、内因性のLHサージを誘発するGnRHaよりは外因性のHCG注射のほうが卵子の成熟を促す効果は強いと感じています。ただし、この論文のなかで、最終的に調整して検討しているものの、GnRHaをトリガーに選ぶという段階ですでにその症例はOHSSのリスクがある、つまりかなり発育卵胞数が多い=卵巣機能がよい、ということになりますので、凍結胚数が多かったという背景には、それがまだ影響している可能性はあると思います。

3に関して。
ランダムスタートは年々増えていますし、乳がん以外の症例でもよく行っています。通常の開始に比べて全く遜色なく、むしろ論文にあるように、黄体期から始めるほうが良いという印象も得ています。また、連続周期採卵もランダムスタートと合わせて行って、できるだけ短期間に多くの卵子を確保するということが可能になります。

我々がある程度感じていたことと、この論文の内容は概ね一致しています。
トリガーに関しては、やや違う印象をもっていますが、今後まだまだ症例も増えて検討がなされると思いますので、期待したいと思います。