~米国で始まった「PGT-P」の可能性と限界~

体外受精で得られた胚について、病気のリスクだけでなく、将来の身長や知能、寿命まで予測して選ぶ という、一見するとSFのようなサービスが、米国ではすでに始まっています。英誌『The Economist』が、2026年8月、Nucleus、Orchid、Herasightなどの新興企業が提供する、新しい胚スクリーニングについて紹介しました。一部の企業では、糖尿病や高血圧、がんなどの発症リスクに加えて、身長、IQ、目や髪の色、さらには寿命まで予測するとしています。しかし、本当に「より健康で、より賢い子ども」を選べるのでしょうか。
現在、生殖医療で行われている胚の遺伝学的検査には、主に次のようなものがあります。
- PGT-A:胚の染色体数を調べる検査
- PGT-M:特定の単一遺伝子疾患を対象とする検査
- PGT-SR:染色体の構造異常を対象とする検査
これらに対して、米国の企業が提供し始めているのが、PGT-P(polygenic embryo screening)と呼ばれる検査です。PGT-Pは、一つの遺伝子で決まる病気ではなく、多数の遺伝的要因が関係する病気や身体的特徴について、胚ごとに「ポリジェニック・リスク・スコア」を算出します。
たとえば、複数の胚がある場合に、「この胚は、ほかの胚より2型糖尿病の遺伝的リスクが低い」「この胚は、身長やIQに関する予測スコアが比較的高い」というように、胚同士を統計的に比較します。
ここで重要なのは、PGT-Pは子どもの将来を確定する検査ではないということです。身長や知能、生活習慣病などの多くは、遺伝だけで決まりません。栄養、教育、家庭環境、生活習慣、社会環境など、出生後のさまざまな要因が関係します。
また、PGT-Pで示されるのは、あくまで集団データから計算された確率です。一人の子どもが実際にどのように成長するかを、胚の段階で正確に予測できるわけではありません。
2019年に発表されたシミュレーション研究では、10個の胚から最も高いスコアの胚を選んだ場合でも、期待される平均的な差は、「身長で約2.9cm、IQで約3ポイント」と推定されました。これを大きいとみるか小さいと見るかだと思いますが。
しかも、実際の体外受精で10個もの移植可能胚から選べるケースは多くありません。選択できる胚が5個未満になると、期待される差はさらに小さくなると考えられています。したがって、現時点のPGT-Pを「賢い子どもを選ぶ技術」と表現するのは適切ではありません。
IQや外見ではなく、将来の病気のリスクを少しでも下げるために利用したいと考える人もいるでしょう。企業側は、2型糖尿病などについて、複数の胚から遺伝的リスクが比較的低い胚を選ぶことで、子どもの発症リスクを低下させられる可能性があると主張しています。
しかし、この考え方にも注意が必要です。一つの遺伝的特徴が、複数の病気や身体機能に異なる影響を及ぼすことがあります。これは「多面発現」と呼ばれます。ある病気のリスクを下げる方向で胚を選んだとしても、まだ評価されていない別の病気や特徴に、どのような影響があるかは分かりません。ネガティブだと思っている遺伝的特徴が他の面で密かにポジティブに働いている可能性もあるのです。
さらに、ポリジェニック・リスク・スコアの精度は、基礎となる遺伝子データの量や、対象となる人の祖先集団によっても異なります。欧米人のデータから作られたスコアを、日本人を含む別の集団にそのまま適用できるとは限りません。
重篤な遺伝性疾患を回避する目的と、知能や身長、外見などを理由に胚を選ぶことは、同じ胚選択でも意味が異なります。PGT-Pをめぐっては、次のような問題が指摘されています。
- 親は子どもの特性をどこまで選んでよいのか
- 病気の予防と能力の向上を、どこで区別するのか
- 高額な技術を利用できる人と、利用できない人の格差が拡大しないか
- 障害や人間の多様性を否定する方向に進まないか
- 不確実な予測が、企業によって過大に宣伝されないか
- 将来、胚の選択から遺伝子編集へ進む可能性はないか
米国では、こうしたサービスを「親に選択肢を提供する技術」と評価する意見がある一方、「より受け入れられやすい形になった優生思想ではないか」という批判もあります。
体外受精が始まった当時も、この技術には強い反発や倫理的議論がありました。その後、体外受精は多くの不妊患者さんを支える重要な医療になりました。新しい技術を、登場した時点ですべて否定する必要はありません。
PGT-Pも、将来的には特定の疾患リスクを低減するための一つの情報になる可能性があります。遺伝子データが増え、解析精度が向上すれば、現在より有用性が高まることも考えられます。一方で、技術的に可能になることと、医療として行うべきことは同じではありません。
現時点のPGT-Pは、「望む特徴を持った子どもを作る技術」ではなく、限られた数の胚を、まだ不確実性の大きい統計的スコアによって比較する技術です。特にIQ、身長、寿命などについて、一人の子どもの将来を正確に予測できる段階にはありません。今後は検査精度だけでなく、臨床的な有用性、長期的な影響、十分な遺伝カウンセリング、社会的公平性、そして子ども自身の利益を含めて議論する必要があります。
「どのような子どもが生まれるか」を選ぶことが、技術的には少しずつ可能になりつつあります。だからこそ私たちは、「何ができるか」だけではなく、「どこまで行うべきか」を考えなければならない時代を迎えています。
※本稿は、The Economist “How much would you pay for a smarter baby?”(2026年8月10日)で紹介された事例と議論をもとに、PGT-Pの現状を解説したものです。PGT-Pは現在、日本で一般的に行われている検査ではありません。
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