シーシェパード事件

シーシェパード事件

理事長の中村です。

先日、シーシェパードの事件が報道されていましたが、捕鯨の話を聞くと、いつも、ピーター・シンガーという倫理学者の名前を思い出します。
動物の権利擁護で知られていますが、生命倫理学の分野でも有名な方です。

20年ほど前、私が学生のころから盛んに生命倫理学の重要性がいわれるようになりました。私も何冊かの本を読み、特にピーター・シンガーの、常識に挑む精緻な議論を、知的にエキサイティングに感じました。

しかし、いかに論理的に正しくとも、そのような議論が現実社会に適用できるのかというと、そうはなりません。例えば、動物の権利擁護と同じ理屈で、中絶や重度障害児の安楽死を肯定した論文があり、要するに、苦痛を感じるものに対しては道徳的配慮が必要だが、そうでないものには要らないという議論をしています。

それは、確かにそうでしょうが、現場への適用を考えると、とても大人げない話に聞こえてしまいます。
まあ、私自身はこの歳になっても大人げないままなので、こういう議論自体は好きなのですが、現実の社会がそれを受け入れるはずがないこと位は、さすがに分かります。

実際、医学部の「生命倫理学」で行われていた講義では、命の価値のような厳しい問題について、ラディカル=根源的な議論を展開するわけではありません。
それらについては、「色々、難しい問題がありますね。医療にはそんな問題があるのだということを、皆さんは知っておいて下さい。」とお茶を濁すだけのことです。そして、もっと穏当な「生命倫理学」を教えます。

しかし、ピーター・シンガーのような過激な生命倫理学だけではなく、そのような穏当な「生命倫理学」も、現実での有効性は疑わしいと思います。たとえば当時盛んにいわれはじめ、今では当然視されているインフォームド・コンセントという概念があります。

このインフォームド・コンセントという考えは、医療界の旧弊を打破し患者中心の視点を持ち込んだ、生命倫理学の輝かしい成果のはずでした。にもかかわらず、現在の生命倫理学では、全く逆に、インフォームド・コンセントが本当に患者のためになっているのか、その正当性が疑われ始めているのです。

次回は、インフォームド・コンセントについて、私が実際に経験した事例について書こうと思います。