排卵誘発神話…その6

排卵誘発神話…その6

医師の田口早桐です。前回の続きです。

以前はロング法がよいと言われていました。
ショート法は、フレアアップによって卵胞発育を促すので、多くの卵胞が育ってしまいます。ロング法は充分に内因性のゴナドトロピン(FSHとLH)を抑えた状態で注射を開始するので、卵胞の発育状態を見ながら注射量を調整できるというわけです。
しかし、経験上、少量の注射では全く育たず、業を煮やして注射量を増やすと、急に過剰に反応する、というパターンも多く、ロング法で卵胞数を調節するのはそれほど簡単ではないと思います。
セトロタイド(GnRH antagonist)の出現以前は、それ以外に方法がありませんでした。

セトロタイドがOHSSに対してした功績は非常に大きいと思います。
それは、体外受精の際に卵子を最終成熟させるために必要なHCG注射の代わりに、GnRHアゴニスト(ブセレキュア、スプレキュアなどの点鼻薬)を使えるようになったからです。実は、HCGの投与が、OHSSを悪化させる大きな要因になっているからです。

充分に卵胞が発育して、採卵することになったら、卵子を充分成熟させるために、採卵約35から36時間前にHCGという注射を打ちます。
自然の排卵の場合は、LHサージという現象があり、LH 濃度が一時的にぐんと増えて、それが卵子成熟をおこすのですが、HCGはそれと同じ作用を持ちます。ただ、HCGは血中に長く留まり(一週間弱)、卵巣を刺激する作用のある点が、自然の場合のLHサージとは異なります。

アゴニスト法の場合はロング法にしろショート法にしろ、月経前もしくは月経開始時からすでに毎日GnRHアゴニストを排卵防止のために連日使用しているため、採卵前の卵子の最終成熟を促すためには、HCGを使用することが避けられません。
しかし、セトロタイド法の場合、HCG注射をしなくても、アゴニストの点鼻薬を点鼻すると、一時的にLHが上昇し、LHサージを誘発することができます。外からのホルモンではなく、自分自身のLH分泌を促すので、HCGのような卵巣に対する長期にわたる刺激作用がありません。

つまり、PCOの際の誘発の第一選択は、その刺激程度が、高、中低刺激に拘らず、セトロタイド法、ということになります。当院の場合、刺激周期で行うこともあれば、クロミッド周期で行うこともありますが、PCOの場合は低刺激で開始しても卵胞発育が得られず、結果的に連日の注射を必要とすることも多々あります。

そのほかにOHSS重症化を避ける方法として、全胚凍結があります。
採卵周期、つまり排卵誘発周期には胚移植を行わず凍結しておいて、次周期以降、卵巣の状態が落ち着いてから胚移植を行います。胚移植をして妊娠した場合、着床部位から多量のHCGが産生され、これがOHSSの重症化を招きます。薬剤の使用等も妊娠中は大変です。それを避ける為にあらかじめ、採卵周期に胚移植は行わず、別周期で行う、という方法です。

セトロタイドの使用(これでHCGの使用を回避できます)と、全胚凍結、これらが、PCOの患者さんが体外受精を受ける際にOHSSを回避するために不可欠です。
ただ、セトロタイドにしろ、安定した凍結技術にしろ、この5年から10年ほどの間に急速に安定、普及してきた薬剤、技術です。これらの技術の進歩があるからこそ、現在PCOの患者さんが、安心して体外受精を受けることが出来ているのですから、生殖医療の発展に感謝、です。