
先日開催された第44回日本受精着床学会で、大阪大学の林克彦先生による「生殖系再生技術の最前線」という講演を聴講しました。
林先生は、iPS細胞から卵子や精子を作る「in vitro gametogenesis(IVG:試験管内配偶子形成)」研究の世界的第一人者です。今回は、この分野が現在どこまで進んでいるのか、そして今後どのような課題が残されているのかについてご紹介します。
マウスではすでにiPS細胞から成熟卵子を作り、その卵子を受精させて正常な子どもを誕生させることに成功しています。効率はまだ高くありませんが、「人工的に作った卵子から次世代が誕生する」こと自体は証明されています。一方で、人ではまだ成熟卵子を作る段階には至っておらず、現在は卵子の前段階である「一次卵母細胞」まで作製できるようになったところです。
今回の講演で最も印象的だったのは、「これからの課題は卵子ではなく卵巣である」という言葉でした。これまで研究者は、iPS細胞から卵子になる細胞を作ることに力を注いできました。しかし近年の研究から、卵子が正常に育つためには、周囲の卵巣組織が作る環境が非常に重要であることが分かってきています。つまり、卵子だけを作っても十分ではなく、「正常な卵巣環境」まで再現しなければ、本当に質の良い卵子はできないのです。
卵巣には「皮質」と呼ばれる部分があります。ここに一生分の原始卵胞が存在し、多くは何十年も休眠した状態で過ごします。従来、この休眠はFOXO3という分子によって制御されることが知られていました。しかし今回紹介された最新研究では、それだけでは説明できないことが分かってきました。
卵巣皮質には、
①酸素が少ない(低酸素)
②細胞外マトリックスが豊富
③組織が比較的硬い
④周囲から物理的に圧迫される
という特殊な環境があります。このような「物理的環境」そのものが卵子を休眠状態に保つ重要な役割を担っている可能性が示されました。
また、非常に興味深かったのは、卵子自身が圧力を感じるセンサーを持っている可能性を示した実験です。専用の装置を用いて卵子に一定の圧力を加え、その変化をリアルタイムで観察した結果、圧迫によって休眠維持に重要なFOXO3の働きが変化することが確認されました。つまり、卵子は周囲から受ける「力」そのものを感じ取り、自ら休眠状態を維持している可能性があります。これは従来の「遺伝子やホルモンだけが卵子を制御する」という考え方を大きく広げる発見です。
研究グループはさらに、酸素濃度を下げる+周囲から圧力を加える、という培養条件を工夫しました。すると人工卵巣の中でも、通常より多くの原始卵胞が維持され、実際の卵巣に近い状態が再現できるようになりました。今後は培養液の成分だけではなく、「どのような環境で育てるか」が重要な研究テーマになっていきそうです。
もちろん、この技術がすぐに人の治療へ応用されるわけではありません。
林先生は講演の最後に、現在の課題も述べられていました。
人工的に作った卵子では、
①発生率がまだ低い
②染色体異常が増える可能性
③ミトコンドリア機能の不足
④遺伝子やエピゲノムの異常など
が残されています。また、iPS細胞は皮膚や血液などの体細胞から作るため、その細胞に加齢とともに蓄積した遺伝子変異を子どもへ伝えてしまう可能性についても慎重に検討する必要があります。
今回の講演を通じて強く感じたのは、生殖医療の研究は「卵子を作る時代」から、「卵巣という環境を再現する時代」へ進んでいるということです。
これらの研究がすぐに不妊治療へ応用されるわけではありませんが、卵巣機能不全や小児がん治療後の妊孕性温存など、これまで治療が難しかった患者さんに新たな選択肢をもたらす可能性があります。
今回の講演で特に興味深かったのは、卵子は周囲から受ける物理的な圧力によって休眠状態が維持されている可能性が示されたことです。
原始卵胞は卵巣皮質という比較的硬い組織の中に存在しており、細胞外マトリックス(ECM)や周囲の顆粒膜細胞から物理的な圧迫を受けています。この圧力が卵子の休眠維持に重要な役割を果たしていることが近年の研究で明らかになってきました。さらに、実験ではコラーゲンなどの細胞外マトリックスを分解すると、休眠状態にあった卵胞が活性化されることも報告されています。
このような知見は、加齢や卵巣の線維化によって卵胞の発育が妨げられる仕組みを理解する上でも重要なヒントになります。
オーク会でも、この考え方に基づき、卵巣組織の線維化を改善し、卵胞発育を促すことを目的とした薬剤について、海外の報告や基礎研究を参考にしながら慎重に導入を進めています。現在は限られた患者さんを対象に使用しており、有効性や安全性については今後さらに症例を積み重ねて評価していく段階です。
今後もオーク会では、世界最先端の研究動向を学びながら、安全性を最優先に、患者さんへ還元できる生殖医療を目指していきたいと思います。
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