PICSIは今までのICSIに比べて不妊治療患者の治療結果を改善できるのか?

PICSIは今までのICSIに比べて不妊治療患者の治療結果を改善できるのか?

理事長の中村嘉孝です。

これまで、卵子の表面はヒアルロン酸に覆われていて、成熟した精子はヒアルロン酸への結合能力が高いと指摘されており、精子の成熟度が高いほどDNAダメージを受けにくいことが諸研究から明らかになっています。

PICSI(Physiological, hyaluronan-selected intracytoplasmic sperm injection)は、こうした特性を利用し、ヒアルロン酸が含まれたプレートに精子を入れて、ヒアルロン酸と結合した精子を選択して、intracytoplasmic sperm injection (ICSI)を行う、新しいICSIとして近年注目されています。

ただ、PICSIをおこなったところで、今までのICSIに比べて妊娠率や出産率が改善するか否かは必ずしも明確ではありませんでした。N Engl J Med誌と並び称せられるLancet誌上で「実際のところは、どうなのか」をランダム化比較試験で検討した論文が今年の2月にありましたので、ご紹介します。

Physiological, hyaluronan-selected intracytoplasmic sperm injection for infertility treatment (HABSelect): a parallel, two-group, randomised trial. Lancet 2019; 393:416-422.
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(18)32989-1/fulltext

今回は2,772例が、まず、PICSI群(1387 例)とICSI群 (1385例)に無作為に割り付けられました。その後、PICSI群では1381例が、ICSI群では1371例が最終解析対象となり、それぞれ、どんな結果が得られたのかが比較検討されたのです。

まず、出産率については、PICSI群が27.4%、とICSI群が25.2%と残念ながら統計学的には有意な違いが認められませんでした(p=0.18)。この結果を重視して、論文の著者らは「PICSIの広範な臨床使用は推奨できない」と結論づけています。臨床的妊娠率についても確かにPICSI群が35.2%、とICSI群が35.7%と、有意な違いが認められませんでした(p=0.80)。

しかし、興味深いことに流産率についてはPICSI群では4.3%、ICSI群では7.0%と、PICSI群のほうがICSI群よりも有意に低くなっていました(P=0.003)。たったの2.7%と思うことなかれ。1000人の集団ならば27人もの違いです。

これについて、今回の研究に参加した胚培養士の主観などによって生じるバイアスが原因ではないかと指摘する医学者もいますが、受精率が2つの群の間で有意に変わっていないことから(P=0.09)、そうした「心配」は杞憂でしょう。

今回の「PICSIによる流産リスクの減少」については、生殖医学分野における最高峰Hum Reprod誌にも6年前に論文が掲載されていて、上記のLancet掲載論文よりも症例数が少なく、特定の条件を満たす集団という限定付きではありますが、同様の傾向が観察されています。

Use of hyaluronan in the selection of sperm for intracytoplasmic sperm injection (ICSI): significant improvement in clinical outcomes–multicenter, double-blinded and randomized controlled trial. Hum Reprod 2013; 28:306-14

以上より、今回の研究では、PICSIは受精率・臨床的妊娠率・出産率についてはICSIと同等であったとしても流産リスクは減らせると解釈するのが最も合理的かと思います。

なお、「PICSIが、なぜICSIに比べて流産リスクを有意に減少させたのか」については、今回のLancet掲載論文だけでは不明です。論文上では、今回の研究で移植された胚の質に関するデータが未公開なので、これらが公開され、再解析できれば、その原因に迫れるかもしれません。

最後に、最近、生殖医学分野における「期待の新技術」のいくつかが、ことごとく大規模ランダム化比較試験で否定され、そのことを憂慮する記事もLancet誌上で発表されています。しかし、たとえ大規模ランダム化比較試験での否定論文であっても、上記のように、よく読むと、(限定的でも)診療上で有用なデータも見つかりますし、新しい治療法の開発のヒントが得られることもあります。当院では、論文上、参考にすべきところは参考にし、新しい重要論文が出るたびにスタッフ間で試行錯誤しながら、患者様が少しでも良い結果を得られるようにベストの治療を提供すべく尽力しています。