児童虐待…その2

児童虐待…その2

理事長の中村嘉孝です。

「子殺しの行動学」という本をご存知でしょうか。

杉山幸丸という霊長類の研究者が、インドの奥地でハヌマン・ラングールと呼ばれるサルを20年にわたって観察した結果をまとめたもので、1980年に出版されましたが、そこで杉山が見たのは、無慈悲な自然の姿でした。

このサルは一夫多妻の集団を作るのですが、その集団のボスザルを、はぐれザルが襲撃して倒し、集団を乗っ取るや、幼い子ザルたちを皆殺しにしてしまうのです。
そして、子供を殺された母ザルたちは発情し、新しいボスと交尾して、その子供を産みます。

それまで動物行動学というと、ローレンツの「ガチョウが卵から生まれてくるときに目の前にいたら、自分を親だと思いこんでヒナたちが後をついてきた」というような牧歌的な話でした。
そして、「愚かな人間と違って動物は同じ種を殺さない」と信じられており、サルが子殺しを行うという杉山の発表は、世界中に衝撃を与えることになりました。

児童虐待は継父によって行われるケースが多いといいますが、その事実を考えるに際に、サルの子殺しの話は、きわめて重要な示唆を与えると私には思えます。
また、虐待を受けた子供は、自分も虐待をしやすいという統計があり、これは、通常、生育環境の問題として語られます。つまり、虐待が当たり前のようなひどい環境で育ったことが心の傷となり、自分が親となった時に子どもを虐待してしまうという論理です。

しかし、私がはじめてその話を聞いたとき、ロンブローゾに遡る生来犯罪者説の議論を思い出しました。
これは、犯罪者となる生物学的、遺伝的素因というものがあるという説であり、さまざまなデータがあるものの、差別とつながるために議論自体がタブー視される傾向にあります。
さらに、児童虐待には、精神疾患や身体障害がかかわる事例もある。
虐待している親が精神疾患を抱えていたり、虐待されている子供が先天的な障害を抱えていたり、これらの議論も差別問題と直結するため、口にすることがためらわれます。