着床に必要な子宮内膜の炎症とは…その6

着床に必要な子宮内膜の炎症とは…その6

医局カンファレンスです。

松の内も過ぎ、遅ればせながら新年初の更新です。
この数ヶ月、依頼原稿を書いていましたが (注1)、過去に書いたブログ記事が驚くほど役立ちました。
幾つか新しい内容も含んでいますので、順次この欄で取り上げていきたいと思います。

さて、今日は昨2013年10月24日のブログで触れたレポートの全文が手に入りましたので、紹介します
(von Wolff M et al. Human Reproduction 2013;28:3247-3252)。
「子宮内に5倍に薄めた精漿(せいしょう)を注入しても新鮮初期胚移植の妊娠成績は変わらなかった」というのが主な内容です。精漿(seminal plasma, 以下SP)とは精液から精子を除いた成分のことです。

今回の研究には背景が有ります。
13年前に、採卵の時期に性交渉を持った群と、禁欲した群をランダム化比較試験により検討し、「性交渉を持った群で臨床妊娠率が高かった」ことが報告されました。
(Tremellen KP, et al., Human Reproduction 2000;15:2653-2658)

この研究者たちは、その後子宮内SP注入後に、さまざまな白血球が内膜や頚管内に呼び寄せられたこと報告し、SPへの暴露によって起きる内膜の炎症が着床に大事なのではないか、と議論しています。
(Robertson SA. Cell Tissue Research 2005;322:43-52)

今回、スイスとドイツの共同グループは臨床研究でもっとも信頼性が高いとされる方法のひとつ無作為抽出・二重盲検法を用いて138名の女性に生理食塩水で5倍に薄めたパートナーのSP1.5mlを、141名の女性には生理食塩水(対照群)1.5mlを、採卵の30-60分前に子宮内に注入し、2-3日後の新鮮胚移植の妊娠成績を比較しました。

条件は両群でかなり統一されています。
SP群では70名、対照群では72名が過去に反復着床不全(注2)を経験しています。
年齢、不妊原因、排卵誘発法(ロング法主体、95%以上)顕微授精率、分割胚数、移植胚数、黄体補充法は両群で同等でした。

その結果、臨床妊娠率(SP群26.8%, 対照群29.1%)
流産率(SP群5.8%, 対照群4.3%),
生産率(SP群20.3%, 対照群23.4%)とも有意差はありませんでした。
反復着床不全の有無、年齢36歳以上・以下により分類して解析しても同じ結果でした。

いくつか気になる点があります。
「なぜSPを5倍に薄めて用いたか?」…
希釈しないSPは子宮の収縮を起こす可能性がある (おもにプロスタグランディンの作用と思われる) からと書いて有りました。
「なぜ腟内ではなく、子宮内にSPを注入したか?」…
ひとつには研究者たちの予備試験の結果から、子宮内注入法でより良い成績が期待できたから。
もうひとつは、患者が禁欲指示を守らない可能性があり、そのような条件で腟内注入しても正確な評価は難しいと判断したから。
とのことです。もっともな考えではありますが。

子宮内注入と腟内注入(または性交)では結果が異なる可能性が有り、これだけでSP療法は無効と断定するのは危険ですが、無作為抽出・二重盲検法を用いた客観的な研究として、評価できます。

(注1) 仕上げに煮詰まったときに気分転換によく聴いた曲をいくつか紹介します。

大西ユカリ「このままあなたと」、在日ファンク「京都」
AKB48「鈴懸けなんちゃら」、Elmore James「Every Day I Have The Blues」
Spice「Everything Is You」「Last Time」
(ついに再発盤が出た夢見心地のスウィーーート・バラード&青春ダンサー)

(注2)この研究では反復着床不全は「3回、6個以上の胚移植にもかかわらず妊娠が成立しなかった場合」と定義されています。