「これからの正義」

「これからの正義」

理事長の中村嘉孝です。

『これからの「正義」の話をしよう』を読みました。

筆者のマイケル・サンデルはハーバード大学の教授で、政治哲学を専門としています。

アリストテレス、ベンサム、カント、ロールズなどを概説しながら、功利主義と道徳哲学の関係が、非常にわかりやすく解説されていました。
アフガンに派遣された兵士、クリントン大統領とモニカ・ルインスキー、ウディ・アレンの映画など、さまざまな題材を取り上げながら、その中にある哲学的課題を鮮やかに浮き彫りにしています。

哲学の本にもかかわらず本屋の店頭で平積みになっているので、よく売れているのでしょう。

帯の広告に「ハーバード大学史上最多の履修者数を誇る名講義」とありましたが、書物であってもこれだけの語り口であれば、ライブの講義は上質なエンターテイメントの趣なのだろうなと思いました。

さて、これほど面白かった本なのですが、正直な感想をいうと、読後に残ったのは「またか」という徒労感でした。生命倫理をはじめとした実践倫理の書は、何が問題かという分析は鋭利なのですが、では具体的に何が「正しい」のかという答えが、ほとんどないのです。
その一方で人に対しては、「問題に目を背けずに、皆でよく話し合うべき」と啓蒙します。
本書でも、政治はもっと道徳的・宗教的論争に関与せよという主張で終わっています。

しかし、話し合ってみたところで、どうにもならないのが、倫理問題なのだと私は思います。
私は、倫理問題を考えたり、議論したりすることが「面白いので好き」ですが、だからといって、議論の最後の拠り所は個人的信念でしかありません。

実際、筆者も最後の章で次のように述べています。

「困難な道徳的問題についての公の討議が、いかなる状況でも同意にいたるという保証はないし、他者の道徳的・宗教的見解を認めるに至る保証さえない。道徳的・宗教的教条を学べば学ぶほどそれが嫌いになるという可能性は、つねにある。」

筆者は、大統領生命倫理評議会の委員をしていたこともあり、本書の中でも、代理母の「ベビーM」事件やES細胞などが取り上げられていました。