
ASRM 2025のもう一つの大きなトピックは、GLP-1受容体作動薬(GLP-1 RA)と生殖機能との関係でした。肥満治療薬として注目を集めてきたGLP-1製剤が、いまや「生殖医療の一部」として語られる時代になっています。 PCOS(多嚢胞性卵巣症候群)や肥満関連不妊への新しい治療戦略が、各セッションで次々と紹介されました。
PCOS関連不妊とGLP-1の可能性
ランチシンポジウムでは、PCOS患者に対するGLP-1作動薬の臨床応用が取り上げられました。 PCOSは排卵障害だけでなく、肥満・インスリン抵抗性・高アンドロゲン血症を伴うことが多く、代謝面の改善が治療成功の鍵となります。
発表では、セマグルチド(Semaglutide)を使用した症例報告と試験結果が示されました。 27歳女性、PCOSと肥満を伴い、長年の排卵障害を持つ症例。 10か月間のセマグルチド投与により、平均体重は16.5%(約19kg)減少し、遊離テストステロンは約50%低下。さらに、6例で月経周期の改善が認められたとのことでした。
「減量」が単なる数値の変化にとどまらず、ホルモンバランスや排卵機能の回復に直結していることが示されています。
同時に、男性肥満における生殖機能の改善を示したメタ解析も紹介されました。
12の研究・345例を統合した解析では、減量介入(食事療法・GLP-1薬・外科的治療など)によって、精子濃度と運動率が上昇し、DNA断片化率が低下するという結果が得られています。つまり、「体重管理は生殖医療の一部である」というメッセージが、性別を問わず共有された印象的なセッションでした。
GLP-1作動薬と妊娠の安全性
GLP-1製剤はリラグルチド、セマグルチド、チルゼパチドなど複数が臨床で使用されていますが、妊娠中の使用はまだ認可されていません。動物実験では胎児への影響(催奇形性)の可能性が指摘されていますが、ヒトでのデータはまだ十分ではありません。
発表では、妊娠希望のある女性に対しては「減量後に一定の休薬期間を設けること」が推奨されていました。 薬剤の半減期に応じて、5日から2か月程度のウォッシュアウト期間を設定し、その後に妊活を再開するのが望ましいとされています。
この「タイミングのマネジメント」こそが、今後の生殖医療で重要なポイントになりそうです。
GLP-1と生殖の融合
このセッションでは、GLP-1製剤が生殖機能に与える影響を臨床・基礎の両面から解説していました。2014年にリラグルチド(Saxenda)、2021年にセマグルチド(Wegovy)、そして2023年にはチルゼパチド(Zepbound)が承認され、GLP-1製剤は肥満治療の主軸となっています。 平均8〜22%という大幅な体重減少効果が確認されており、その結果としてホルモンバランスや卵巣機能の改善が報告されつつあります。
発表者の一人、Samantha Schon氏はこう述べました。
“We are entering an era where metabolic and reproductive medicine converge.”
(代謝医学と生殖医学が融合する時代に入っている。)
この言葉が象徴するように、体重管理や代謝改善を単なる「前処置」としてではなく、 妊娠を支える基盤そのものとして捉える流れが確実に強まっています。
GLP-1製剤は、代謝疾患と生殖医療をつなぐ“橋渡し”として、今後さらに重要な役割を果たしていくでしょう。
当院では以前から代謝と生殖の関係に注目しており、妊娠を希望する方にダイエットコースを提供しています。今回の学会でも取り上げられているチルゼパチド(Zepbound)=マンジャロを用いたプロトコールも作成して、開始したところです。
総括:遺伝と代謝が交わる新しい生殖医療
ASRM 2025を通じて強く感じたのは、生殖医療が「妊娠を目指す医療」から「身体全体の健康を整える医療」へと進化しているということです。キャリアスクリーニングの拡大により、遺伝リスクをより正確に理解し、 GLP-1製剤による代謝改善が、妊孕性を高める一助となる。これらの動きは、まさに生殖医療の未来を象徴していました。
“Weight management is reproductive health.”
(体重管理こそが生殖医療である。)
この言葉が、ASRM 2025のテーマを最も的確に表していたように思います。
遺伝と代謝、二つの領域が融合し始めた今、生殖医療はさらに包括的で個別化された医療へと進化していくことでしょう。オーク会もますますこの分野に力を入れて行きたいと思います。
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