
ニューミレニアム(懐かしい響きですね)以降、アイスランドのDeCODE Geneticsが構築してきた世界的に著名なゲノムデータベース。そのリソースを活用した最新の研究成果が、Nature誌に掲載されました。しかもOpen Accessで公開されています。
この研究では、流産した胎児とその両親、合計467組を対象に全ゲノム解析が行われ、流産の遺伝的背景を大規模に明らかにすることが試みられました。結果として、症例の55%に遺伝的な原因の可能性が見出されました。その内訳として、44.1%が染色体の数が異常となる「異数性」、6.4%が三倍体であり、これらの多くは卵子形成時のエラーによる母親由来のものでした。
興味深い点として、染色体数が正常な、いわゆる正倍数性の胎児においても流産が発生していることが明らかになりました。正倍数性流産胎児では、成人と比較して病原性のある微小な塩基配列変異(SSV)を持つ割合が約3倍に上ることがわかり、これらが流産の一因となっている可能性が示唆されました。この知見から、全妊娠の約136分の1がSSVによって流産に至っていると推定されています。また、この研究は、新生突然変異の「数」そのものよりも、それが生命維持に不可欠な遺伝子上に生じるか否かが重要であることを改めて強調しています。
さらに本研究では、これまで疾患との関連が不明だった新しい遺伝子変異の存在も明らかにされました。たとえば、HECTD1のような遺伝子が新たに注目されるなど、発生初期に不可欠な遺伝子の同定にもつながる成果が得られています。また、胎児自体ではなく、胎盤の前駆細胞である絨毛に限定された遺伝子変異が流産を引き起こしたと考えられる症例も観察され、胎盤機能異常が流産の一因となる可能性が浮かび上がりました。染色体数異常の起源についても詳しく分析され、一部の母由来異常は、卵子内で姉妹染色分体ができる前の非常に早い段階で生じていることも示されています。
ただし、一般的には流産の70〜85%、あるいはそれ以上が染色体異常によるとされており、それと比較すると今回の報告における染色体異数性と三倍体の合計50%という割合はやや低く感じられます。この点について論文では明示的な説明はされていませんが、研究対象となった母体の年齢が比較的若かった可能性が示唆されます。実際、加齢に伴って卵子の染色体分配エラーが増加することは広く知られており、年齢層の違いが影響している可能性は十分に考えられます。
本研究は、流産の原因解明に大きく寄与したものの、残された45%の症例については依然として原因が不明です。とくに正倍数性胎児の流産に関しては、母体と胎児の免疫学的相互作用や環境要因、または遺伝的要因以外の仕組みが関与している可能性があり、今後の研究が待たれる分野です。
このような公共のゲノムデータベースを活用した研究こそ、社会的意義が高く、医療現場やリプロダクティブ・ヘルス分野への実装が期待されます。少子化が進行する社会においても、本研究の成果は大きな意味を持つでしょう。
【参考外部リンク】
論文本文はこちら:https://www.nature.com/articles/s41586-025-09031-w
解説記事(News & Views)はこちら:https://www.nature.com/articles/d41586-025-01706-8
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