
前回ご紹介した論文での、SGO1補充による卵子染色体安定化が本当だとすれば、その影響はIVFの成功率向上にとどまりません。これまで当然の前提とされてきたPGT(着床前遺伝学的検査)や、抗セントロメア抗体をめぐる治療戦略そのものを見直す必要が出てきます。
現在のPGT-Aは、「卵子の加齢により染色体異常は避けられない」という前提のもとで発展してきました。つまり、異常が生じるのは不可逆であり、治療ではなく「選別」によってリスクを下げるしかない、という考え方です。しかし今回の研究は、染色体異常の主要な原因が、SGO1という特定タンパク質の不足による機能不全である可能性を示しました。これは、異数性が“運命”ではなく、“修復可能な障害”であることを意味します。
もし卵子段階で染色体の結合異常を是正できるのであれば、PGT-Aの役割は大きく変わります。これまでPGT-Aは「正常胚を選ぶための検査」でしたが、今後は「修復後の卵子・胚が本当に安定しているかを確認する検証ツール」として位置づけ直される可能性があります。言い換えれば、PGTは主役から“確認役”へと役割を後退させるかもしれません。
さらに重要なのは、PGT-SRやPGT-Mへの影響です。これらは構造異常や単一遺伝子疾患を対象としますが、背景にある染色体分配の不安定性が改善されれば、解析の前提条件そのものが変化します。特に、モザイク判定の臨床的意味は、再定義を迫られるでしょう。これまで「胚の性質」とされてきたものの一部が、実は「卵子老化由来の可逆的エラー」である可能性が浮上するからです。
抗セントロメア抗体との関係は、さらに示唆的です。抗セントロメア抗体陽性例では、卵子や胚における染色体分離異常が多いことが知られていますが、その機序は完全には解明されていませんでした。SGO1はまさにセントロメア領域で機能するタンパク質であり、今回の研究は「セントロメアの分子環境が乱れること自体が、染色体異常の直接原因になりうる」ことを明確に示しています。
この視点に立てば、抗セントロメア抗体陽性患者で見られる生殖予後不良は、単なる免疫異常ではなく、「SGO1を含むセントロメア防御機構の破綻」として再解釈できる可能性があります。つまり、抗体を抑える治療だけでなく、セントロメア構造そのものを安定化させる介入が、治療戦略の中心に浮上してくるかもしれません。
これまでの抗セントロメア抗体治療は、ステロイドや免疫調整を中心とした“間接的アプローチ”が主流でした。しかし、もし卵子内で直接SGO1機能を補えるなら、免疫状態に左右されにくい、より本質的な介入が可能になります。これは、不育症と不妊症の境界線を引き直すことにもつながります。
要するに、今回の研究が示しているのは、「異常を見つけて除外する医療」から、「異常が起きる前提そのものを修正する医療」への転換です。PGTも抗セントロメア抗体治療も、その枠組みの中で再配置されることになります。
もちろん、これらはすべて、今回の論文内容が今後の検証に耐えうるものであった場合の話です。しかし、少なくとも一つ言えるのは、「卵子の老化はどうにもならない」「だから選別するしかない」というこれまでの常識が、揺らぎ始めているということです。
卵子を“選ぶ”時代から、“修復する”時代へ。
その変化は、PGTと抗セントロメア抗体という、これまで当然とされてきた治療概念に、静かですが決定的な再考を迫っています。
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