精子ミトコンドリアDNAによる妊娠予測

胚培養士の奥平裕一です。

細胞が持つDNAには、核DNAとミトコンドリアDNAの2種類あります。通常1細胞あたり、核DNAは2コピー(父母それぞれのゲノム由来)ですが、ミトコンドリアDNAは数千コピー(1つのミトコンドリアあたり数コピー)存在します。ミトコンドリアのDNAコピー数(mtDNAcn)は、特に卵子で多く、なんと20万コピー以上含まれています。一方、精子では10から1500コピーぐらい存在しています。このmtDNAcnとミトコンドリアDNAの欠失(mtDNAdel)は、癌、神経異常、老化などにおいてのミトコンドリア機能のバイオマーカーとなり得ることが既に報告されています。では、mtDNAcnは生殖分野においても役立てることが出来るのでしょうか?

今回紹介する論文では、精子中のmtDNAcnが妊娠する確率に影響するか検証しています。

Sperm mitochondrial DNA biomarkers and couple fecundity

Human Reproduction, Volume 35, Issue 11, November 2020

対象・方法

2005年から2009年にかけてアメリカの16の群から採用された384組のカップルを対象とした、人口ベースの前向きコホート研究です。研究に参加したカップルの条件は以下の通りでした。(1)committed relationshipであり、妊娠するために避妊を中止することを計画している。(2)過去1年間に注射による避妊薬を使用していない、または2か月を超えて避妊を行っていない。(3)18から40歳の女性および18歳以上の男性。(4)女性の自己申告による月経周期が21日から42日の間であること。(5)英語またはスペイン語でのコミュニケーション能力。過去に不妊治療を受けたことがあると報告しているカップルは対象外でした。

384個の精液サンプルからの精子mtDNAcnおよびmtDNAdelは、定量的PCRによって評価されました。精子mtDNAcnに応じて、Q1(mtDNAcm 0.80-2.60)、Q2(2.61-3.96)、Q3(3.98-6.38)、Q4(6.40-61.94)の4つのグループに分けられました。1年以内に妊娠する確率をミトコンドリアDNAで比較し、離散時間比例ハザードモデルを用いて、共変量を調整した妊娠までの時間(TTP)との関係が評価されました。

結果

男性の平均年齢は31.8 ± 4.8歳で、平均BMIは29.9 ± 5.8でした。男性の大多数は白人でした(311人、81.0%)。平均精子mtDNAcnとmtDNAdelはそれぞれ5.55 ± 5.3と0.31 ± 0.08でした。精子mtDNAcnとmtDNAdelは強い正の相関(P < 0.001)を示しました。mtDNAcnと12ヶ月以内に妊娠する累積確率との間に強い負の相関が観察され、mtDNAcnが高いほど妊娠確率は減少しました(Q1 = 82.3%、Q2 = 75.0%、Q1 = 67.7%、Q1 = 63.5%)。

精子mtDNAcnはTTPと負の相関があり、mtDNAcnが高いほど有意に受胎能力が低下し、TTPが長くなることが示されました。妊娠可能性オッズ比(FOR)を推定すると、Q1と比較して、FORはQ2が0.78、Q3が0.65、Q4が0.55であり、mtDNAcnが増加するにつれて受胎能力が低下しました。一方、精子mtDNAdelはTTPと関連していませんでした。

また、男性の精子mtDNAcnがQ1に属するカップルは、月経2周期目から全体を通して、妊娠する確率が高いことが観察されました。

解説

ミトコンドリアは精子の中片部に存在し、運動性に関わっています。精子のmtDNAcnは精子形成過程で約8から10倍減少します。よって、受精時には精子mtDNAcnは低くなるようになっており、mtDNAは母性遺伝となります。このことから、高いmtDNAcnは異常な精子形成を反映していると考えられます。これまでの研究から、精子mtDNAcnおよびmtDNAdelが高いと、精子濃度、総精子数および前進運動性精子の低下と関連することが分かっています。また、高いmtDNAcnおよびmtDNAdelは、不妊治療中の男性の低い受精率と関連し、これらのmtDNAバイオマーカーが、男性の年齢や精液パラメーターに関係なく、受精の予測確率を高めることが示されています。したがって、精子中のmtDNAバイオマーカーは、男性のリプロダクティブヘルスの指標として有用であり得ると著者らは考え、本研究を行いました。

本研究により、精子のmtDNAcnが一般集団における男性のリプロダクティブヘルスと妊娠予測因子のバイオマーカーとして有用であることが示されました。しかし、今回は主に白人の男女を対象としているため、他の人種や民族における精子mtDNAcnとカップルの妊娠成功との関連性を確認するためには、大規模で多様なコホート研究が必要です。