ARTで使用するプラスチック製品と培養液中の環境ホルモン

胚培養士の奥平裕一です。

ビスフェノールは、その耐熱性や弾性特性により、幅広いプラスチック製品の製造に使用されています。便利な物質である一方で、ビスフェノールは人体に有害な内分泌かく乱物質(一般的には環境ホルモンと呼ばれています)として知られています。そのため、特に食品業界では厳格にその使用が規制されています。しかし、ARTに用いる製品については詳しく調べられていませんでした。今回紹介する論文は、ARTで用いるプラスチック製品と培養液中のビスフェノールについて検証しています。

Bisphenol S is present in culture media used for ART and cell culture

Human Reproduction, deaa365, https://doi.org/10.1093/humrep/deaa365

対象・方法

ARTで用いる17種類のプラスチック製品(ディッシュ、チューブ、培養液ボトルなど)、18種類のART用/細胞培養用培養液を対象に、10種類のビスフェノール(BPA、BPAF、BPAP、BPB、BPC、BPE、BPF、BPP、BPS、BPZ)を測定しています。

結果

まず17種類のプラスチック製品について、ビスフェノールの検出を行ったところ、BPA、BPS、BPAFの3種類は全てのプラスチック製品で検出されました。さらに、5種類のプラスチック製品に関しては、検出限界濃度の15倍以上のビスフェノールが検出されました。一方、他の7種類のビスフェノールは検出されませんでした。

しかし、上記の実験は、溶媒にメタノールを用いてあえてプラスチックを溶出させ、その中のビスフェノール組成を調べたに過ぎません。そこで、溶媒に水を用いて、実際にプラスチック製品が使用されている条件を模倣して実験を行っています。その結果、いずれのビスフェノールも検出されませんでした。

次に、評価した18種類の培養液では、6種類のビスフェノール(BPA、BPS、BPAF、BPAP、BPE、BPF)が検出されました。その内、ビスフェノールS(BPS)は、16種類の培養液から検出されました。また、検出された濃度も一番高く、6種類の培養液ではナノモル濃度範囲のBPSが検出されました。

解説

今回調べたARTに使用するプラスチック製品全てからビスフェノールが検出されましたが、通常の使用条件下ではビスフェノールを放出しないことが示されました。一方、問題なのは大半の培養液でBPSが検出されたことです。BPSは卵子や胚の質を損なうことが既に報告されており、培養液にBPSが含まれていると、ARTの成功率を低下させる可能性があります。ARTの成功率を上げるために、培養技術を高めたり、高価な製品を使ったりしても、培養液自体に悪い因子が含まれていたら元も子もありません。培養液から検出されたビスフェノールが、製造過程由来なのか、製造後に発生したものかは不明ですが、とことん検証してもらいたいです。また、今回調べた培養液は一部に過ぎないので、全ての培養液で同様の検証が行われることを望みます。ARTを成功に導くために、さらなる研究が行われ、ARTで使用する培養液の質や安全性の向上につながることを期待します。