「精液検査」は基本的な検査、というけれど… その1

「精液検査」は基本的な検査、というけれど… その1

初めてブログを書きます。渡邊と申します。

簡単に自己紹介をいたします。私は産婦人科医ですが、男性不妊診療も行っております。前職では、日本で数少ない男性不妊専門医の元で指導を受けつつ、精索静脈瘤の手術療法や精巣内精子回収術も行っておりました。

その中で、私たち産婦人科医や皆様が「あたりまえ」と思っていらっしゃること、これまで「常識」と考えられていたことが最近、男性不妊専門家の間でどんどん覆されはじめ、いまだ混沌として結論が出ていない事柄が多い分野である、ということに気づかされました。

  • 精液検査データがWHOの基準値以上である = 男性には不妊原因全く無し・・・とは限らない・・・らしい
  • 精索静脈瘤に対する手術療法は、男性不妊治療として行う意味はない・・・とは限らない、むしろ男性不妊の治療法として最も効果が期待できる・・・かもしれない
  • 流産の原因として、これまで考えられていた以上に精子が関係している・・・かもしれない
  • 男性は検査を受けたくないようにみえて、実は検査を受けたがっている、最近の男性は昔ほど嫌がる方が減っている・・・ようである

以上が、私が最も驚いたことです。

いずれも歯切れが悪い表現になってしまいました。先に書いたようにいまだ「混沌と」している分野で、専門家の間でも意見が分かれるところなので、このような表現をするしかないのです。しかも最後の項目は患者様の「思い」の傾向ですので、全員が全員検査を受けたがっているのではないことは重々承知しております。(・・・けど、検査を受けたがっている、だといいなあ、というのが私の「思い」です。)

これらのことに関しては、機会があれば後日あらためてブログに書こうかと思います。


今回は「専門医の間ではなかば常識なのですが、皆様はあまりご存じない(と私が勝手に思っている)こと」について書こうと思います。


今回は「精液検査データの個人内変動」の話をしたいと思います。

あえて冒頭に、今回のお話で私が申し上げたいことをお書きします。

精液検査を少なくとも2回お受けになることお勧めします。
1回の精液検査データが基準値以上であったら再検査は不要、ではないのですよ。たとえ1回の精液検査で全く精子が無かったとしても、日を改めて再度検査してみるべきですよ。その検査で精子がみつかることもありますよ。

・・・以上、お忙しい方はここまでお読み頂ければ充分です。ありがとうございました。


もう少々お時間がある方は、ここから先もお読み頂ければ幸いです。

不妊症カップルの男性で、射精することができる方が受けるべき検査・必須の検査といえば、皆様もご存知の通り、精液検査です。これは世界中の専門医全てが同意するところでしょう。マスターベーションで射精された精液の量(体積)、その中に含まれている精子の濃度、精子運動率、正常形態精子の割合(=正常形態率)などを調べます。

ここで、WHO(世界保健機関)によって定められた精液検査のマニュアル日本語版をご紹介します。かなり重いので開く際はご注意ください。それほど内容が多いのです。
https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/44261/9789241547789_jpn.pdf;jsessionid=02FCC81A37B3D9C51F1D0CD9D0A8D60C?sequence=4
発行されたのは2010年ですが、現在まで世界中で「由緒正しい検査法」として認識されています。

そして、精液検査はさまざまなことでデータが「修飾」されてしまう、ということをご存知でしょうか?
詳細をお知りになりたい方は、Chapter2 サンプル採取 をご覧頂くとおわかりになるかと存じます。
が、かなり長いので、「とにかく精液検査のデータはさまざまなことで修飾を受けるのである」とだけご理解頂ければ充分です。その「さまざまなこと」の代表として、検査前の「禁欲期間」が挙げられます。このマニュアルでは2-7日間と定められてます。(ちなみに、この2-7日間というのは「妊娠率がよい禁欲期間」ではありません!詳細は後日ブログに譲ります。)
その他、精液の温度、採取してからの時間等、多くの外的な因子で「修飾」を受けます。また、検査をする方法、検査をする人(=検査技師)のスキルによってもデータが変わってしまいます。(今回、この話の詳細は割愛します。)

それでは、これらの因子をそろえて、つまりなるべくデータが修飾を受けないように条件を整えた上で、同一人物に何回か精液検査を行ったらどうなるのか。このWHOマニュアルに掲載されているグラフを抜き出してみました。

このグラフは、男性ホルモンによる避妊研究の偽薬群に参加した若い5人の健常なボランティアの、WHOによって推奨された方法で分析された、精子総数と精子濃度の経時的変化を表しています。
こちらをご覧になった皆様の感想はいかがでしょうか?おそらく、皆様が想像なさっていたよりも、相当大きな幅で変動していることがお分かりいただけると思います。

どうやら人間という生物は、このように「精液検査のデータがぶれる生き物」のようなのです。精液検査を何度か受けたことがある方であれば、日頃から、このような変動を実感頂いていると思います。データの変動が大きいのは異常であると、落ち込んだり気に病む必要はないのです。

このようなことを踏まえて、WHOは
  • 1回の精液検査のみでは、良し悪しを評価することは不可能である
  • ベースラインとなるデータ(その方の傾向とも言い換えることができると思います)をみるためには2-3回を分析することが有用である
としています。

最近、それを支持する論文が発表されました。
https://www.auajournals.org/doi/10.1016/j.juro.2018.11.001
論文の要約:男性2566人の精液検体5132点の精子濃度、運動性、正常形態率を、上記のWHOマニュアルに基づいて評価し、2回目の測定値と1回目の測定値がどのように異なるのかを評価しました。

  • 1回目と2回目の検査データがほぼ同じであったのは 51.2%で した。
  • 1回目の検査で正常と判定された後、2回目で異常と判定されたのは27%でした。
  • 1回目の検査で異常と判定された後、2回目で23%が正常と判定され、77%が異常と判定されました。

そして筆者らは、「WHOの推奨どおり、精液検査は2回行うべきである」と結論づけています。

マニュアル発行から9年経過していますが、今でもWHOの推奨は正しいようです。

ちなみに。あまりにも1回目と2回目の検査結果がかけ離れているときはどうするのか?
はい、さらにもう1回検査を行います。
2回検査を行った場合は、精子濃度や精子運動率など各パラメータの平均値を、その方のデータとして評価します。
3回検査を行った場合は、各パラメータの中央値を、その方のデータとして評価します。

精液検査を少なくとも2回お受けになることお勧めします。
1回の精液検査データが基準値以上であったら再検査は不要、ではないのですよ。
たとえ1回の精液検査で全く精子が無かったとしても、日を改めて再度検査してみるべきですよ。その検査で精子がみつかることもありますよ。

大事なことなので2回書きました。
これで今回のお話は終了です。