体外受精の舞台裏

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医療法人オーク会 培養室です

培養室 胚培養士

培養室は、患者様から大切な卵子と精子をお預かりし、生命の誕生へとつなぐ場所です。安全、衛生面からクリニックスタッフでも限られた人間しか出入りすることは許されていません。
実際の培養室は、卵が光に当たるストレスを軽減するため照明を暗くし、空調や温度が管理され、入室時には清潔管理が徹底されています。そんな人の目に触れることの少ない培養室は、体外受精の舞台裏といえる場所です。普段皆様にご覧いただけない培養室を舞台に、体外受精にまつわるお話をさせていただきます。

 

胚培養士について

体外受精イメージ

読んで字の如く、胚培養士(英語ではエンブリオロジスト)は胚培養を行う、高度生殖補助医療における技術者です。現在、全国の医療機関で胚培養士をしているのは、臨床検査技師や農学系、獣医学系の大学出身者になります。臨床エンブリオロジスト学会と日本哺乳動物卵子学会という2つの学会が各認定試験を行い、高度生殖補助医療胚培養士という資格を与えています。

 

培養師の仕事は、採卵した卵と精子の受精を行い、受精卵の培養管理とその状態の記録、そして育てた受精卵を患者様の子宮に戻す胚移植までを担当します。実際には胚の培養だけではなく、その他にも様々な事を行っています。胚移植を直ちに行わず一旦胚を凍結して保存したり、逆に凍結した胚を融解して胚移植までの培養を行なったりもします。 胚培養士には非常に高度な技術と知識が要求されます。失敗の許されない、難しい細かい作業がたくさんあり、日々の鍛錬と経験が必要となり、一人前になるには何年もかかります。
オーク会では、学会などに参加して研究発表を行い、新しい技術や情報の収集も積極的に行っています。カンファレンスや研究会議を通してスタッフの知識の共有化を図りながら、一組でも多くのお子様を望むご夫婦のお役に立てるよう準備を整えています。

 

体外受精技術の歴史について

体外受精のイメージ

そもそも体外受精技術がいつ頃から始まったものか、皆様ご存知でしょうか?
今日の生殖補助医療の技術は、多くの研究者たちによって確立されてきました。2010年にはイギリス ケンブリッジ大学のロバート・エドワード名誉教授が「体外受精技術の開発」で、ノーベル生理学医学賞を受賞されています。
世界で最初にヒトの体外受精-胚移植に成功されたのが、このエドワード博士とステプトー博士です。このとき誕生したルイーズ・ブラウンさんには自然妊娠でお子様が生まれ、新聞にエドワード博士とともに写真が掲載されました。しかし体外受精技術のヒトへの応用は、当初は生命倫理に関する宗教上の観点から反対され、研究費用を得ることも難しかったようです。
成功後、体外受精技術は不妊治療の大きな希望となり、世界中に広がりました。日本では、 エドワード博士らがヒトでの体外受精-胚移植を成功させた1978年から5年後の1983年に、東北大学の鈴木雅州先生らが初めて成功しました。それ以来、世界に誇る目覚しい発展を遂げています。
エドワード博士たちの時代と比べ薬や器具、機械、培養液の開発などが進み、現在の体外受精技術は格段に進歩していると考えられます。
体外受精技術には、身体の外に取り出した卵子に精子をかけて受精させる通常の方法と、特殊な針で精子を卵子に直接注入して受精させる顕微授精という方法があります。1992年にベルギーで世界で初めて顕微授精での妊娠・出産に成功しました。


不妊治療イメージ

こうして見ると、体外受精-胚移植の技術が成功してからの歴史は長いものではありません。しかし現在日本では、56人に一人、年間約2万人、世界では400万人以上が体外受精技術で生まれているといわれています。
これからも技術が発展し、多くの方にうれしい結果がもたらされることになるように、オーク会では不妊治療の研究にも取り組んでいます。

 

「体外受精」については、こちらに記載しています

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